ティアガルテンの桜
東京より1カ月遅れて、ベルリンの春がやってきた。北国の春は、訪れは遅いけれど、冬眠からさめてからは早回し。枯れ枝のようにじっとしていた、森の木々のこずえも、二週間くらいの間にすっかり緑で覆われて、あらゆる花が一斉に咲きだし、気温はさほど高くもないのに、もう初夏の様相。長い春を楽しむことに慣れて育った日本人の私にとっては、欧州生活がどれだけ長くなろうとも、なんだかとても短い春だ。
ティアガルテンの森には、50年前に、日本の天皇から寄贈されたという、日本の八重桜の木が一本だけある。たった一本の桜なので、ベルリンでは、花見の対象にもなっていないけれど、それでも、じっくりと観察すれば、「日本人にとっての春らしさ」を十分に堪能させてくれる。
今年は、東京の桜の開花直前に、ものすごい規模の春の台風が来て、トラックがひっくりかえったり、屋根がめくれあがったり、というニュースがあって、「ああ、東京の桜も今年は開花前にちぎれて飛んでしまったか」と思いきや、そんなことは全然なくて、ちゃんと花が咲き、満開になり、そして、散っていったというのを見た。ちょっと力を入れてちぎれば、むしり取れてしまうような、細い茎の先についている、桜のつぼみのしなやかな強さに、今更ながら驚いたので、今年は、1カ月遅れのベルリンの桜を、つぼみのうちからよく観察することにした。本日は、その観察写真日記。

2012年4月2日。ベルリンに移植されて50年もたつのに、つぼみの時から驚くほど日本的。
こういう、どこへどう連れていかれようと、絶対に変わらないものを、アイデンティティーというのだな。
昇り竜2012
目の前に立ちはだかる「やること」の山を、なりふり構わず片づけているうちに、元旦も一瞬で通り過ぎて、もう21日である。1月23日は、ルナニューイヤーデー(旧正月の元旦)だそうだ。シンガポールからのメールで、本格的なドラゴンイヤーの到来を知る。
昨年は、自分のために出かけることがほとんどない一年だったので、年末に急に思い立って、「仕事の山」ではなく、「本物の山」を見るために、2012年の元旦はチューリッヒで過ごすことにした。ベルリンは、周囲に山のない、ぺったんこな土地に上にあるので、スイスやオーストリアの国境近くまで南下しないと「本物の山」に出会えない。世界には、山のない国もあり、海のない国もある。欧州にいると、海彦山彦がバランスよくそろっている国は、実は珍しいことに気づく。
暖冬で、曇りと雨のぱっとしない年越しだったが、元旦の午後に急に明るく晴れてきたので、チューリッヒで一番標高が高いという丘の上に行ってみることにした。風が強く、ものすごい勢いで雲が流れていて、丘の上の吹きさらしの展望台に上ると、ちょうど緞帳が開くように雲が移動して、神々しいような立派な山々が姿を現した。そして、空を見上げると、見たこともない見事な昇り竜が、にょろにょろと体を伸ばしながら、頭の上を昇ってゆくところだった。

これです。これが見たかったのです。大変満足。というわけで、おそばせながら、2012年最初の発見物「昇り竜」を、新年のご挨拶代りにお送りします。
たくさんの小さな希望を発見しながら匍匐前進する、よい年になりますように。
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阿部 雅世 公式サイト MasayoAve creation www.macreation.org
*記事、写真の無断転用は、ご遠慮ください。 転用ご希望の方は、info@macreation.org まで、ご一報ください。
一寸のはちさんにも五分の魂
今日も、はちさんは、忙しく通ってくる。香港のビルの屋上で、養蜂をしている人の記事が新聞にあって、ハチと心を通わせるために、防護服を着ないで作業するのだと、書いてあった。おお、そうか。養蜂家も、ハチと心を通わせるのだな。私だけではなかった。
「一寸の虫にも五分の魂」とうことわざがある。「どんなに小さく弱いものにも、体の半分くらいの大きさの魂やそれなりの主張がある」という意味らしい。このことわざを思いついた人は、何の虫と心を通わせて、そう思ったのだろうか。一寸三センチだから、小さい尺取り虫あたりかな。
毎日やってくるはちさんの行動を見ていて、その言葉の通りなんだなあ、と実感。魂が大きいだけではなく、はちさんには、それなりの主張がある。
今日は、奥の仕事部屋に一日こもっていたら、はちさんが、蜂蜜の催促という、それなりの主張をしに来た。

はちさんには、はちさんなりの、考えがある。
朝からはちさん
けさは、はちさんに起こされて、眼が覚めた。夜明けとともに、朝5時前。朝っぱらから、ぶんぶんぶんぶん、頭のまわりを飛び回る。「キッチンに、自分の蜂蜜があるでしょ。あっちに行ってなめておいで。」と言って、布団にもぐりこんだが、それでも、ぶんぶんぶんぶん、ぶんぶんぶんぶん。
「はて、もしや、もうはちみつがないのかしら」と思って起き上がり、キッチンに行くと、ない!蜜が全部ない!。全部きれいになめてしまっていた。つまり、「もっとくれ」というモーニングコールだったらしい。
というわけで、朝日を浴びてモーニングはちみつ。

は、は、はちさんが来た!今年も来た!

3.11以降、はじめて心からうれしいできごとかも。このうれしさを日本中におすそわけ。
はちさんや、毎日やってきて、私と日本を励ましておくれ。
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フランスの丸い窓のある家
もう二年も前になるが、無印良品の家カタログという冊子に、「フランスの丸い窓のある家」というエッセイを寄稿したことがある。その時は、文章のみの寄稿で、写真は紹介できなかったのだけれど、2002年の写真フォルダーの中でさがしものをしていたら、その家の写真がたくさん出てきたので、本日は、写真とともに、あらためて、「フランスの丸い窓のある家」をご紹介。
ベルリン雪だるまの一生
例年より一足早い12月に、びっくりするような大雪に見舞われて、膝まで雪に埋もれるようだったベルリンも、その後は、急に気温が上がって、雪はすっかり溶けてしまった。雪のない北国の冬は、寒いばかりでつまらない。去年のいまごろは、森はカキンカキンに凍って、どこまでも真っ白で、ブログには「ナノ雪」のことを書いた。
その頃の写真のフォルダーを整理していたら、雪だるまの写真が出てきた。3か月もの間、ずっとマイナスの気温が続いたので、ティアガルテンの森の中に、誰かが年初めに作った雪だるまは、ずっと溶けることなく、しかし、みごとに老けてゆくのだった。本日は、その証拠写真を。
野良はち-ゲスト・オブ・ザ・イヤー2010
2010年の夏は、人生初めてともいえるような長い夏休みを取って、「ベルリンから出かけない生活」を堪能した。自分が動かないでいると、お客さんを迎えたり、もてなしたりすることもできる。
8月も半ばを過ぎて、日差しがだいぶ柔らかくなってきた明るい夏の午後、おもてなしのアップルパイをつくろうと、リンゴをくつくつと煮てパイ皮で包み、オーブンに入れた。良い色に焼けてきたので、オーブンから出して、アツアツのところに包丁を入れると、リンゴと一緒に煮たシナモンの甘い香りが、部屋じゅうに広がる。人数分のお皿に、パイを切り分けていたら、よい香りが窓の外まで流れていったのか、開けてあったキッチンの上窓から、はちさんが飛び入りしてきた。よほど味見をしたいとみえて、窓辺のティーテーブルの上に置いたパイのまわりを、ぶんぶんと飛びまわっているので、それならば、よろしかったらどうぞ、と、パイ皮のかけらを、窓枠のところにおいてみた。
おお、ここまで喜んでいただけるとは!
そして、この日から、9月の終わりごろまで、毎日のように、はちさんをお迎えし、もてなすことになった。はちさんは、間違いなく、2010年のゲスト・オブ・ザ・イヤーである。通いの野良猫というのはよく聞くけれど、はちも同じことをするとは知らなかった。というわけで、今日は、その「野良はち」の話。
欧州6空港のサインコレクション
エストニア往復から解放されてからしばらくは、空港も、飛行機も、しばらくはもういいです、という気分で、先に延ばせる出張は先に送り、ベルリンでじっくりこなせる平和な仕事を堪能する日々を過ごしたが、昨年後半あたりからは、そうもしてられなくなり、パリ、ロンドン、デュッセルドルフ、チューリッヒ、ミラノ、ウイーン、ミュンヘン、フランクフルト・・・と、これまたよく飛行機に乗ったり降りたりする生活がしばらく続いた。
せっかく、欧州各地の空港を出たり入ったりするのだから、ただ通り過ぎるのも芸がないと思い、各空港に降り立って出口へ向かう通路を歩きながら「空港のサイン」を集めてみた。ここのところ、グラフィック系の仕事に関わることが増えて、そのあたりを、一から、いや、ゼロから勉強し直さないと、と意識してのことでもある。
どこへ行っても1-2時間で着いてしまうので、ほとんど国内出張のようなものだけれど、国境を越えて、空港に降り立てば、言葉が変わり、文化が変わる。空港なんて、一見どこも似たり寄ったりの最たるものであるが、それでも、よくよく目を凝らせば、その国の真髄に触れるような違いを見つけることができる。空港のサインのように、同じようなルールでデザインされたものにも、お国柄や、都市の性格は、良くあらわれているもので、いままで、さんざん通り過ぎた、世界各地の空港で、私の二つの「フシアナ」は、いったい何を見ていたのかと、あらためて驚く。ものが目に映っているからといって、見ているとは限らない。見えども見えず、とはまさにこのこと。
というわけで、本日は、2010年フォルダーより、欧州6空港での収穫品を一同に公開。それでは、ヨーロッパ空港巡り、ご一緒にどうぞ。
『にほんご』 根本を問う教科書
昨年のあれやこれやを引きずりながら今年に突入したが、やっと1週間ほどの時間ができたので、1年分の仕事フォルダーを整理する。障害物走のハードルが、ずずず~っと見えなくなるほどの向こうまで並んでいるトラックを、ただひたすらゴールに向かって走る1年だったので、走りながらこなして、えーい、とパソコン内のフォルダーにほおりこんだままになっているものもたくさんある。気が遠くなるほどある。フォルダーを開けると、出てくる出てくる玉手箱・・・。
今日は、その中から、昨年のAXIS誌vol.148 (2010年12月号)に寄稿した書評をひとつ転載。日本に、こんな素晴らしい教科書をつくった人たちがいることを今頃知って、昨年一番の衝撃を受けた、「にほんご」という本についてです。
4か月カレンダー
毎年、気が遠くなるほどの量のカレンダーが印刷されて、文房具屋に並ぶ。カレンダーは、パソコンをひとクリック、手帳をひと開き、アイフォーンならひとはじきすれば見えるものになったけれど、アトリエでは、ぱっと見上げた壁に暦がかかっていてくれるほうが、何かとありがたい。にもかかわらず、これなら壁にかけておいてもよい、と思えるような、カレンダーにはなかなか出会うことがなく、手帳をいちいち開く生活を、随分と長いことやってきた。
デザイン的にいまひとつ・・・、ということもあるけれど、それは別にしても、めくらないと他の月のカレンダーが見られないのは、自分の仕事の予定を考える時、かなり不便だと常々思っていた。前後の月のカレンダーが、左右に小さく印刷してあるタイプのものもあるけれど、字が小さくて、そう実用的ではない。
かといって、1年分のカレンダーというのは、過去と未来をいつも一年分、前後に連れて歩いていて、これは、前に100人、後ろに100人子供を連れて歩いているようで、見るだけでも疲れてしまう。10月以降になると、もう見ることはほとんどない過去ばかりが場所をとって、結構必要になってくる「あくる年」の予定が見えなくて困る、という問題もでてくる。
3か月分がまとめて印刷してあるカレンダーは、企業の贈答用カレンダーとしてときどき見るけれど、どういうわけか、これはデザインがひどくて、毎日見ているだけで、確実に美的センスが失われていきそうなものばかりなので、そばに置いておきたくない。
文具屋のカレンダーコーナーにでてくる、山のような「つかえない」カレンダーを前にして、毎年、ほとんどあきらめに似たため息をついていたが、今年は、そのあたりのジレンマを解消してくれる、4か月カレンダーなるものを発見して狂喜した。
2011年の元旦うさぎ
石畳の上も、気がつけば21年に更新。
パスワードもすぐに思い出せないほど、更新を怠った2010年でありました。情けないことこの上なし。反省。
気を取り直しての本年初ブログは、記録的な積雪の森で無事キャッチした、ティアガルテンの元旦うさぎをお送りします。
本年もどうぞよろしくお願いします。そして、みなさま、素敵な一年を!

SPRING GAEDEN 春の庭
ずっと雪景色が続いたドイツの冬は、振り返り、振り返り、ゆっくりと遠ざかり、ベルリンのティアガルテンにも春がやってきた。日本の春は、梅の香りや、桜の花びらになって、ふわふわと空中を漂いながらやってくるけれど、北ヨーロッパの春は、地面から突然生えてくる。
わっ。
ナノ雪
こんなに長い間雪景色の中で暮らすのは初めてだ。1月からの日照時間は、全部あわせても数時間。年が明けて初めて太陽を見たのは、1月の31日だったか。それでも、ずっと薄明るい感じがするのは、真っ白になった地上が淡い光を反射するからだろう。雪が少なかった去年までの冬は、もっと真黒真っ暗だった気がする。雪は北国の冬の明かりだ。
太陽が出ると、世界が一斉にきらきらと光りだして、ああ、これで春が来るのかしら、と思うけれど、それもつかの間、粉雪よりもずっとずっと細かい乾いた雪が、空中を舞い踊りはじめて、また薄明るい雪景色に戻る。
こんなに細かい雪を見るのも初めてだ。ナノスケールの雪ということで、「ナノ雪」と名づけた。ナノ雪は、コンコンでも、シンシンでもなく、ただその粒子がサラサラと舞い踊り、砂漠の砂が、砂丘を流れるように、積もった雪の表面を流れながら積もってゆく。積もっては凍り、凍っては積もり、それが溶けかかってはまた凍り、その上にまたナノ粒子のパウダーをコーティングをするようにして積もる。
この冬は、エストニア通いや、飛び回ってこなす仕事からしばし解放されて、久しぶりに仕事場に根をおろしている。ミリ方眼の升目を一つずつ塗りつぶしてゆくような、根気と忍耐の平和な仕事に囲まれて、ゆっくりゆっくり通り過ぎてゆくモランのようなベルリンの冬を過ごす。
WINTER GARDEN 冬の庭
久しぶりに地に足をつけて過ごすベルリンの1月。30年ぶりの大寒波ということで、大みそかからこちら、ずっと氷点下の温度が続いている。一番気温が下がった時でマイナス18度、ここ数日はマイナス10度前後。ベルリンに来た年も、マイナス15度くらいになったけれど、あの年は、一度 降った雪が、そのまま凍っていたような感じだった。今年は、味の素みたいな乾いた粉雪が何度も何度も降っては積り、本格的な雪景色。木の枝や茂みにも、ホイップクリームのような雪が、どっかりとのっている。窓から見えるティアガルテンの森はどこまでも真っ白で、町はカキンカキンに凍っている。道が凍結していて、車ものろのろとしか走れないせいか、町はものすごく静かで、「明けました!」という雰囲気の来ないまま、ずっと冬眠しているかのようだ。そんなまま、もう1月も終わろうとしており、明けた感じはしないけど、ここで一区切り。たいへんおそばせながら、2010年、あけましておめでとうございます。
ティアガルテンの森があまりに美しいので、夜が明けると家を出て、デジカメを手に毎日森を歩く。真っ白で一見何にもないようだけれど、目を凝らせば、奇跡のようなデザインのアルファベットが、そこにもここにもあるので、発見力を鍛えるデザイン体操にはうってつけの環境。少し余裕を持って歩け ば、アルファベット以外にも、本当に素敵なデザインが山のように見つかる。それも、今、写真に撮っておかなければ、刻々と変わってしまうものばかりなので、寒くてもこればかりは、やめられない。森には、なんでもあるんだな、すべての答えがあるんだなと思う。寒さのせいでデジカメのバッテリーは20分くらいしか持たないけれど、静寂の森の中での「美しいもの狩り」に、怪盗赤ずきんは今日も行く。
本日は、今月の収穫の中から、心ばかりのおすそわけ。
ファーブル植物記
もう一年近く前になるけれども、「昆虫記」で有名なファーブルによる「植物記」が、平凡社ライブラリーの文庫として出版された。私は、虫や草木を観察するのが、いまだ面白くてたまらないファーブルファンなので、これは、万歳したくなるくらい嬉しい本。
表紙は、安野光雅さんの絵。安野光雅さんは、世に知られたファーブルの大ファンで、ファーブルのオリジナル昆虫記をフランスの蚤の市で獲得されたこともある(羨ましい!!!)という方で、私は安野さんの絵と本の大ファンでもある。翻訳は、先月に亡くなられてしまった動物行動学者の日高敏隆さんと林瑞枝さんの手によるもの。私の世代は、少なからず日高敏隆さんの本を通して、動物や昆虫の行動の不思議に目覚めさせらている。 この点でも、もうひとつ万歳の本。
昨年入手して以来、この本は、愛読書の本棚から時折取り出しては開いてみる大切な一冊になり、今年のAXIS誌4月号の「本づくし」というコーナーでも、紹介させていただいた。パソコンの中のファイルを整理していたら、その原稿が出てきたので、今日は、それをご紹介。
ムナーリのことば
十年以上愛読し続けてきた、ブルーノ・ムナーリの特選短文集 Verbale Scritto を、写経するような気持ちで翻訳したものが、「ムナーリのことば」(平凡社)という本となって世に送りだされた。

ムナーリは、本の中にこんな言葉を残している。
子どもの心を 一生のあいだ
自分の中に持ち続けるということは
知りたいという好奇心や
わかる喜び
伝えたいという気持ちを
持ち続けるということ
SPIRIT GARDEN 2009, Mantova
イタリア・マントバでの子供のためのワークショップSPIRIT GARDENは、マントバ文学祭Festivaletteratura Mantova 2009 のイベントの一つに招待されて開催したもの。 マントバ文学祭は、マントバ市民にとって、一年に一度、一番の大イベント。普段は、これほど静かな町ってないだろう、というくらい、静かなマントバが、この5日間だけ、世界中の文学者、文学愛好家を呼び集めて、世界の中心 になる。5日間の開催中、作家やアーティスト100人が世界から招待され、朗読会や、トークやディスカッション、ワークショップ、展覧会、記録映画の上映など、200以上のイベントが、朝の10時から夜中すぎまで、町じゅうのいろいろな場所で開かれる。市内の学校は休校となり、高校生以上の学生は、全員、その運営スタッフとして働く。また、普段は隠居生活を送っている人も、記録写真を撮る係になったり、イベントの受け付けの手伝いをしたり、まさに市民全員参加の文化祭。
SPIRIT GARDEN 2009, Merano
2006年の東京オペラシティーアートギャラリー、2008年の静岡市クリエーター支援センター(the center of creative communications CCC)で行った、子供のためのデザインワークショップ「SPIRIT GARDEN」を、今年はイタリアで2度開催した。5月には、イタリアの北の国境に近い山の中の町メラーノ(Merano/Meran)で、そして、この9月には、イタリア半島の長靴の付け根の真ん中あたりに位置するマントバ(Mantova)で、SPIRIT GARDEN -精霊たちの森- を、それぞれの地元の子供たちとデザインした。
日本では、午前午後通して1回6時間のワークショップだったが、このイタリアでの2回は、他のイベントとの兼ね合いなどがあって、数時間ほどしか時間がもらえず、駆け足ワークショップになってしまった。でも、国が変わっても、子供のきらきら光る観察眼や、プロジェクトを理解する力や、集中力の素晴らしさに、まったく変わりはなく、イタリアでも、スケールは小さいながら、立派な2つの精霊たちの森を創ることができた。今回と次回のブログでは、その2つのワークショップの話。
嵐のあと
2009年が始動してから8か月半。どうやってここまで走ってきたのか、意識も朦朧としているような感じだけれど、ともあれ一つ大きなゴールにたどりついて、やっとブログに復帰。
いやはや、ほんと。おかえりなさい、私。
2009年始動
気がつけば、2009年元旦停車駅をとうの昔に乗り越して、2009年も、すでにベルリン-タリンを一往復の全力疾走。なんとも区切りときまりの悪い1月18日だけれど、ともあれ、新年おめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いします。

SPIRIT GARDEN 2008, Shizuoka
思えば、緑に飢えていたミラノ生活から生まれた「小さな現代庭園」を、ガーデン・クロッシングという、これまた小さな展覧会の中で、こっそりデザインしてみたのは、2004年の秋のこと。

そのアイディアは、それから2年醸造されたのち、2006年に、子供のためのデザインワークショップ 「スピリット・ガーデン2006」として、東京オペラシティーアートギャラリーの主催で実現した。それは、身近な自然に隠された不思議を、五感をフルに使って観察することから始め、子供達の持つ、知りたいという気持ちや、分かる喜び、伝えたいという気持ちを、プロジェクトの中に発揮させるデザイン・ワークショップで、子供達もスタッフもいっしょになって、デザインチームを作り、一つの庭を仕上げるという試みだった。

そして、最初の粟粒のようなトライアルから、4年が過ぎた今回は、静岡市クリエーター支援センター(the center of creative communications CCC) の主催で、「魔法の庭」を制作する機会をいただいた。
SpiritGarden2008,Shizuoka
子供のためのデザインワークショップ 「スピリット・ガーデン2008」
指揮: 阿部雅世
(建築家・デザイナー 国立エストニア芸術大学教授)
野草観察指導と庭園監修: 浜中和晴
(庭師・野草研究家 井の頭自然文化園施設係主事農園芸職員)
プロジェクトメンバー: 駿府の小学1・2年生 26名
制作アシスタント: 花澤啓太 繁田和美 堀澤真弓
企画制作・主催: 静岡市クリエーター支援センター

以下は、その制作ドキュメントから抜粋。できたてのほやほやです。
ベルリン元旦初雪景色2008
あまりの長さに、もうクリスマスで切り上げてしまった2007年も、ついにゴールいたしました。万歳三唱。
やっと2008年です。明けましておめでとうございます。
ベルリンでは、個人が花火を打ち上げるのは、年末年始の数時間だけしか許可されていないので、その反動か、ニューイヤーの始まりには、ここぞとばかりに、ものすごい数の花火が、町中で打ち上げられる。ベルリン市が打ち上げる、ひときわ盛大な花火の打ち上げ会場でもある、ブランデンブルグ門の周辺は、ニューイヤーパーティー会場と化し、そのためにヨーロッパ各地から集まってくる若者の数もすごいらしい。とはいっても、とてもとても、その人ごみに出てゆく気はしないので、部屋の窓からティアガルテンの森越しに花火見物が、私の年越し。夕方8時を過ぎると、あちこちで、ひっきりなしに爆竹と花火の音が響きはじめ、猫は、奥の奥の部屋の机の下の奥のほうに、体を固くして引っ込んでいる。この音は、怖いよね。
Merry Christmas
21日夕方のフライトで、エストニアのタリンからベルリンに戻ってきた。本年最後のフライト。今頃のエストニアは、日の出が、9時18分、日の入りが 15時22分。一番夜が長い時期なので、夕方5時半のフライトは、すでに夜間飛行。この日は、久しぶりに晴れて、雲のない日だったので、限りなく黒に近い濃紺の空にむかって、飛行機は離陸し、ゆっくり旋回する窓からは、湾曲する海岸線に縁取られた小さなタリンの町が、宝石箱をひっくり返したように、きらきらしているのが見えた。町の通りには、驚くほどでもない、質素なクリスマスイルミネーションが飾られているだけだったのに、空から見るとこんな風に見えるんだ。なんだか泣けてくるほど美しい。高度300メートルくらいだろうか、町の骨格や建物も、光に縁取られて、はっきり見える。旧市街の門の外の広場から、花火が上がった。何のお祝いかわからないけれど、万歳。エストニアでの私の一学期も、無事終了。万歳。万歳。
銀楓
すっかり冬の気温になったベルリンだけれど、森の中では、まだ秋の名残が、言葉にならないくらい美しい姿を見せている。花の季節とはまた別の、色彩豊かな冬の始まり。毎年、秋と冬の境目の、ほんとにわずかな数日間、森の中にいくつもある水路の水面は、小さな小さな水草にびっしりと覆われて、苔色のカーペットを敷き詰めたような、不思議な光景になる。銀楓の葉っぱは、黒に近い濃い赤から、明るい黄色、緑まで、いろんな色で落ちてくる。葉っぱの裏は白っぽく、顕微鏡で見ると細かい毛が生えていて、そこに水玉が沢山ついて、きらきらしている。この森の中で、一番のお気に入りを上げるとすれば、この銀楓の葉っぱかもしれない。
冬の到来
ヨーロッパを、南北に反復移動して、季節を行きつ戻りつしつつ、働き続ける2007年の秋。毎週どこかで強化合宿をしている、プロの陸上選手みたいな生活。
10月の第2週には、季節の時計を2ヶ月も元に戻したような、日中の気温は25度というローマへ飛び、1週間のデザイン・ワークショップを行った。久しぶりにイタリアの喧騒とカオスと戦いつつ、デザインプロジェクトを仕上げる。これは、なかなかヘビーで、ベルリンに戻った次の朝は、全身打撲状態。体中が痛い。あらためて、イタリアって、本当にヘビーな国だったんだなあと思う。みしみしと起き上がって、窓から眺める静寂のベルリンの森は、紅や黄色に染まり始めていた。
それから1週間おいて、エストニアに飛ぶと、今度は、季節の時計が1ヶ月進んでいて、落ち葉の季節はすでに終わっており、冬の梢の下を、現地の人は、すでにオーバーコートに手袋に帽子という冬のいでたちで歩いていた。1週間後、ベルリンに戻ると、目の前のポプラの木は、黄金色の葉っぱを、絶え間なく振り散らして、晩秋の落ち葉は、森の小道をすっぽりと覆っていた。そんなベルリンの秋の終わりを見届けることなく、また1週間後、エストニアに飛ぶと、ランディング間近の飛行機の窓から見えるエストニアの土地は、すでにうっすらと雪に覆われていた。聞けば、1日前に初雪が降ったという。
エストニア始動
気がつけば、石畳の上にも18年である。タイトル更新。9月から、エストニアの首都タリンにある、エストニア芸大に、プロダクトデザイン学部長兼教授として、ベルリンからの飛行機通いが始まった。国外の学校や企業とのネットワークを強化して、新プロジェクトを立ち上げる、というのが、学部としての最優先課題なので、エストニア最強の秘書とアシスタントとのチームワークに支えられて、学内での仕事は、1ヶ月に1度、1週間にまとめてこなし、あとは、インターネット、スカイプ、携帯電話などの文明の利器を、300%活用して、遠隔操作でこなしているけれど、なにしろ、良く考えたら、知らない国の、知らない大学で、学部まるごとを引っぱる仕事をひきうけてしまったわけで、当然のことながら、エストニア滞在中はパワー300%全開の、休憩なしで1日18時間労働という感じ。
ベルリン、タリン間の飛行時間は、1時間半だけれど、帰りは飛行機の座席に座るなり気絶。で、一瞬の後、目を開けると、もうベルリンの空港についているという状態で、これはほとんどワープである。近いなんてものじゃない。さっき、タリンの石畳の上を歩いていたのに、気がつくと、同じ自分が、ベルリンの石畳の上を歩いているのは、まぎれもない現実である。ああ、これぞまさに21世紀だなあ、と思う。
天使の羽 その後
6月、7月は、ヨーロッパには珍しく、雨の日が多くて、森は、これ以上ないほどに、緑が茂った。その間、なつかしいような蒸し暑い日が、何日かあっただけで、8月には入ると、もう秋の気配。ベルリンは夏らしい日のない夏だったけれど、ハンガリーやギリシャでは、死者が出るほどの猛暑だったから、こういう温暖化の時代にあって、夏が暑くならないことは、ありがたいかぎりで、もう誰も文句を言わない。
天使の羽
春の若葉が出尽くして
すっかり冬から抜け出した
五月のベルリンの森には
天使の羽が沢山落ちている。
なぜ天使の羽が
落ちているのかというと
空中を飛び回っていた
透明な小さな冬の天使たちが
一斉に羽根を脱ぎ捨てるからだ。













